您现在的位置:首页 >> 日本军队 >> 内容

日本陆军将官总揽--陆军大将D

时间:2016-11-17 1:09:15 点击:

  核心提示:71 森岡守成 (1869.9.14-1945.4.28)官位 陸軍大将正三位勲一等功三級 陸士2期 陸大13期恩賜 出身地 山口県 明治2年8月9日生 実父 農業森重五左衛門の次男 養父 官吏森岡正...
71 森岡守成
(1869.9.14-1945.4.28)
官位 陸軍大将正三位勲一等功三級
陸士2期 陸大13期恩賜 
出身地 山口県
明治2年8月9日生
実父 農業森重五左衛門の次男 養父 官吏森岡正奇 旧名 森重弥蔵
明治21年(1888)12月 士官候補生 騎兵第1大隊附
明治22年(1889)10月 陸軍士官学校入校
明治24年(1891)7月20日 陸軍士官学校卒業(2期)
明治25年(1892)3月21日 陸軍騎兵少尉任官 騎兵第4大隊附
明治27年(1894)11月 陸軍騎兵中尉昇進
明治28年(1895)4月 日清戦争出征(~明治28年12月)
明治29年(1896)7月 騎兵第4連隊中隊長心得
明治29年(1896)12月 陸軍大学校入校
明治30年(1897)10月 陸軍騎兵大尉昇進
明治32年(1899)12月21日 陸軍大学校卒業(13期恩賜)騎兵第9連隊中隊長
明治33年(1900)5月 陸軍省軍務局課員
明治33年(1900)11月 陸軍大学校教官
明治36年(1903)5月 陸軍騎兵少佐昇進
明治37年(1904)4月 第5師団参謀
明治37年(1904)4月 日露戦争に出征(~明治38年11月)
明治38年(1905)4月 陸軍騎兵中佐昇進
明治38年(1905)7月 騎兵第1旅団参謀
明治38年(1905)10月 大本営幕僚
明治39年(1906)2月 陸軍大学校教官
明治39年(1906)4月1日 功三級金鵄勲章
明治40年(1907)2月16日 参謀本部附(土耳古出張)
明治41年(1908)12月 参謀本部部員
明治42年(1909)10月4日 駐墺太利大使館附武官
明治43年(1910)12月23日 陸軍騎兵大佐昇進
明治44年(1911)10月2日 参謀本部附
明治44年(1911)11月22日 騎兵第6連隊長
明治45年(1912)6月10日 陸軍騎兵実施学校校長
大正2年(1913)8月22日 参謀本部編制動員課長
大正5年(1916)3月31日 青島守備軍参謀長
大正5年(1916)5月2日 陸軍少将昇進
大正7年(1918)7月24日 軍馬補充部本部長
大正8年(1919)3月18日 騎兵監
大正8年(1919)7月25日 陸軍中将昇進
大正10年(1921)7月20日 第12師団長
大正10年(1921)9月30日 正四位
大正12年(1923)5月29日 勲一等瑞宝章
大正12年(1923)8月6日 近衛師団長
大正13年(1924)10月25日 東京警備司令官代理
大正13年(1924)12月1日 従三位
大正14年(1925)5月1日 軍事参議官
大正15年(1926)3月2日 陸軍大将昇進 朝鮮軍司令官
昭和2年(1927)3月5日 軍事参議官
昭和2年(1927)7月26日 待命
昭和2年(1927)9月1日 予備役編入
昭和2年(1927)9月30日 正三位
昭和20年(1945)4月28日 77歳で死去

回复 2010-04-20 01:40巩金瓯
72 武藤信義
(1868.9.1-1933.7.27)
官位 元帥陸軍大将正二位勲一等功一級男爵
陸士3期 陸大13期首席 
出身地 佐賀県
明治元年7月15日生 
父 船乗業武藤嘉右衛門の次男
明治22年(1889)12月 士官候補生
明治25年(1892)7月23日 陸軍士官学校卒業(3期)
明治26年(1893)3月13日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第24連隊附
明治27年(1894)9月18日 日清戦争出征
明治28年(1895)2月19日 陸軍歩兵中尉昇進
明治28年(1895)6月12日 陸軍士官学校生徒隊中隊附
明治29年(1896)12月21日 陸軍大学校入校
明治31年(1898)12月28日 陸軍歩兵大尉昇進 歩兵第24連隊中隊長
明治32年(1899)12月21日 陸軍大学校卒業(13期恩賜)
明治33年(1900)3月26日 参謀本部出仕
明治33年(1900)9月22日 浦塩駐在(~明治34年12月16日)
明治34年(1901)6月5日 参謀本部附
明治35年(1902)2月5日 敖德萨駐在
明治36年(1903)6月30日 参謀本部部員
明治37年(1904)1月10日 陸軍大学校兵学教官
明治37年(1904)2月5日 近衛師団参謀
明治37年(1904)3月24日 陸軍歩兵少佐昇進
明治38年(1905)1月13日 鴨緑江軍参謀
明治39年(1906)2月8日 駐露国公使館附武官補佐官
明治39年(1906)4月1日 功三級金鵄勲章
明治40年(1907)11月13日 陸軍歩兵中佐昇進
明治41年(1908)3月6日 参謀本部部員
明治41年(1908)12月19日 参謀本部欧米課長
明治44年(1911)1月26日 陸軍歩兵大佐昇進
大正元年(1912)12月17日 近衛歩兵第4連隊長
大正4年(1915)4月10日 参謀本部作戦課長
大正5年(1916)5月2日 陸軍少将昇進 歩兵第23旅団長
大正7年(1918)7月24日 参謀本部附(哈爾浜特務機関長)
大正7年(1918)9月20日 第3師団司令部附(伊尔库茨克駐在)
大正7年(1918)11月9日 参謀本部附(鄂木斯克駐在)
大正8年(1919)3月15日 参謀本部第一部長
大正8年(1919)7月25日 陸軍中将昇進 参謀本部総務部長
大正9年(1920)11月1日 勲一等旭日大綬章 功二級金鵄勲章
大正10年(1921)5月4日 第3師団長
大正10年(1921)9月30日 正四位
大正11年(1922)11月24日 参謀次長
大正14年(1925)5月1日 軍事参議官
大正14年(1925)6月1日 従三位
大正15年(1926)3月2日 陸軍大将昇進 兼東京警備司令官
大正15年(1926)7月28日 関東軍司令官
昭和2年(1927)8月26日 教育総監
昭和3年(1928)7月2日 正三位
昭和7年(1932)5月26日 軍事参議官
昭和7年(1932)7月16日 議定官
昭和7年(1932)8月8日 関東軍司令官兼駐満洲国大使 関東長官
昭和8年(1933)5月3日 元帥府元帥陸軍大将
昭和8年(1933)5月15日 従二位
昭和8年(1933)7月27日 66歳で死去 正二位 勲一等旭日桐花大綬章 功一級金鵄勲章
昭和8年(1933)8月6日 男爵叙爵

回复 2010-04-20 10:01巩金瓯
73 井上幾太郎
(1872.2.18-1965.5.7)
官位 陸軍大将正三位勲一等功三級
陸士4期 陸大14期
出身地 山口県  
明治5年1月10日生 
父 農業井上清蔵の次男
明治23年(1890)12月 士官候補生 工兵第5大隊附
明治24年(1891)11月 陸軍士官学校入校
明治26年(1893)7月25日 陸軍士官学校卒業(4期)工兵第5大隊附
明治27年(1894)3月7日 陸軍工兵少尉任官
明治27年(1894)6月 出征(~明治28年7月)
明治28年(1895)4月 陸軍工兵中尉昇進
明治28年(1895)9月 工兵第5大隊副官
明治29年(1896)11月 陸軍砲工学校卒業
明治30年(1897)1月 陸軍士官学校教官
明治30年(1897)10月 陸軍工兵大尉昇進
明治30年(1897)12月28日 陸軍大学校入校
明治33年(1900)7月 工兵第5大隊中隊長(北清事変出征)
明治33年(1900)12月20日 陸軍大学校卒業(14期)
明治34年(1901)6月 参謀本部出仕
明治35年(1902)2月 参謀本部部員
明治35年(1902)6月 参謀本部附(独国私費留学)
明治37年(1904)4月 帰朝
明治37年(1904)5月 第3軍参謀
明治37年(1904)5月 陸軍工兵少佐昇進
明治37年(1904)6月 日露戦争出征(~明治39年1月)
明治39年(1906)1月 参謀本部附
明治39年(1906)2月 独国駐在
明治39年(1906)4月1日 功三級金鵄勲章
明治41年(1908)3月 陸軍工兵中佐昇進
明治41年(1908)7月 参謀本部附
明治41年(1908)12月 参謀本部部員(要塞課)
明治43年(1910)5月4日 工兵第10大隊長
明治44年(1911)11月22日 陸軍工兵大佐昇進
明治44年(1911)12月27日 陸軍省軍務局工兵課長
大正4年(1915)8月10日 陸軍省軍務局軍事課長
大正5年(1916)8月18日 陸軍少将昇進 陸軍運輸本部長
大正7年(1918)1月16日 交通兵団司令部附(臨時気球研究会幹事)
大正8年(1919)4月15日 航空部本部長
大正9年(1920)8月10日 陸軍中将昇進
大正12年(1923)3月10日 第3師団長
大正12年(1923)4月10日 正四位
大正15年(1926)5月1日 従三位
大正15年(1926)7月28日 軍事参議官兼航空本部長
昭和2年(1927)2月16日 陸軍大将昇進
昭和2年(1927)3月22日 勲一等瑞宝章
昭和4年(1929)3月16日 軍事参議官
昭和4年(1929)5月15日 正三位
昭和8年(1933)3月18日 待命
昭和8年(1933)3月23日 勲一等旭日大綬章
昭和8年(1933)3月30日 予備役編入
昭和12年(1937)2月23日 在郷軍人会会長(~昭和20年8月31日)
昭和40年(1965)5月7日 93歳で死去

回复 2010-04-20 10:03巩金瓯
74 鈴木孝雄
(1869.12.2-1964.1.29)
官位 陸軍大将正三位勲一等功三級
陸士2期 
出身地 千葉県
明治2年10月29日生 
父 代官鈴木由哲の次男
明治22年(1889)11月 陸軍士官学校入校
明治24年(1891)7月20日 陸軍士官学校卒業(2期)
明治25年(1892)3月21日 陸軍砲兵少尉任官 野砲兵第1連隊附
明治26年(1893)12月 陸軍砲工学校入校
明治27年(1894)10月 陸軍砲兵中尉昇進
明治27年(1894)10月 出征(~明治28年6月)
明治29年(1896)11月 陸軍砲工学校卒業 独立野戦砲兵大隊附
明治30年(1897)4月 第7師団副官
明治30年(1897)10月 陸軍砲兵大尉昇進 陸軍野戦砲兵射撃学校副官
明治33年(1900)2月 陸軍砲工学校教官
明治35年(1902)12月 兼陸軍大学校教官
明治36年(1903)8月 陸軍砲兵少佐昇進
明治37年(1904)3月 野砲兵第8連隊附
明治37年(1904)6月 動員下令(日露戦争)野砲兵第8連隊補充大隊長
明治38年(1905)1月 野砲第10連隊大隊長
明治38年(1905)2月 出征
明治38年(1905)11月 関東総督府砲兵部員
明治39年(1906)4月1日 功二級金鵄勲章
明治40年(1907)2月 野砲兵監部附
明治40年(1907)11月 陸軍砲兵中佐昇進 近衛野砲兵連隊附
明治42年(1909)4月 陸軍省軍務局課員
明治44年(1911)9月 欧州出張(~明治45年8月)
明治45年(1912)5月8日 野砲兵第21連隊長
明治45年(1912)7月15日 陸軍砲兵大佐昇進
大正3年(1914)5月11日 陸軍省軍務局砲兵課長
大正6年(1917)8月6日 陸軍少将昇進 野砲兵第1旅団長
大正8年(1919)2月20日 野戦重砲兵第1旅団長
大正10年(1921)3月11日 陸軍士官学校校長
大正10年(1921)7月20日 陸軍中将昇進
大正11年(1922)8月15日 砲兵監
大正13年(1924)2月4日 第14師団長
大正13年(1924)3月29日 正四位
大正13年(1924)8月20日 陸軍技術本部長
大正15年(1926)7月28日 兼軍事参議官
昭和2年(1927)4月15日 従三位
昭和2年(1927)7月26日 陸軍大将昇進
昭和2年(1927)9月6日 勲一等瑞宝章
昭和3年(1928)3月8日 軍事参議官
昭和5年(1930)5月1日 正三位
昭和8年(1933)3月18日 待命
昭和8年(1933)3月30日 予備役編入
昭和8年(1933)7月21日 勲一等旭日大綬章
昭和10年(1935)4月 後備役編入
昭和13年(1938)4月21日 靖国神社宮司(~昭和21年1月17日)
昭和29年(1954)4月18日 偕行社会長(~昭和33年7月20日)
昭和39年(1964)1月29日 95歳で死去

回复 2010-04-20 10:06巩金瓯
75 磯村年
(1872.11.1-1961.9.12)
官位 陸軍大将正三位勲一等功三級
陸士4期 陸大14期恩賜 
出身地 滋賀県
明治5年9月30日生 
実父 平田檠の次男 養父 陸軍中佐磯村惟亮
明治23年(1890)12月 士官候補生
明治24年(1891)11月 陸軍士官学校入校
明治26年(1893)7月25日 陸軍士官学校卒業(4期)
明治27年(1894)3月7日 陸軍砲兵少尉任官 野砲兵第3連隊附
明治27年(1894)8月 出征(~明治28年7月)
明治28年(1895)5月 陸軍砲兵中尉昇進
明治30年(1897)10月 陸軍砲兵大尉昇進
明治30年(1897)12月28日 陸軍大学校入校
明治33年(1900)12月20日 陸軍大学校卒業(14期恩賜)野砲兵第3連隊中隊長
明治34年(1901)5月 陸軍士官学校教官
明治35年(1902)5月 参謀本部部員
明治37年(1904)2月 大本営参謀
明治37年(1904)3月 陸軍砲兵少佐昇進 野砲兵第10連隊大隊長
明治37年(1904)4月 参謀本部附
明治37年(1904)5月 第3軍参謀(~明治37年12月)
明治38年(1905)4月 由良要塞参謀
明治39年(1906)3月 関東総督府参謀
明治39年(1906)9月 参謀本部部員
明治41年(1908)3月 陸軍砲兵中佐昇進
明治42年(1909)9月 欧州差遣
明治43年(1910)11月30日 野砲兵第12連隊長
大正2年(1913)1月15日 野砲兵第16連隊長
大正2年(1913)7月3日 陸軍砲兵大佐昇進
大正2年(1913)8月22日 第18師団参謀長
大正3年(1914)8月16日 独立第18師団高級参謀
大正3年(1914)8月 日独戦争出征(~大正3年12月)
大正4年(1915)11月7日 功三級金鵄勲章
大正5年(1916)4月10日 参謀本部編制動員課長
大正6年(1917)8月6日 参謀本部庶務課長
大正7年(1918)1月18日 陸軍少将昇進 広島湾要塞司令官
大正7年(1918)7月24日 野砲兵第3旅団長
大正8年(1919)4月15日 陸軍野砲射撃学校校長
大正10年(1921)3月28日 浦塩派遣軍参謀長
大正11年(1922)7月10日 参謀本部附
大正11年(1922)8月15日 陸軍中将昇進 陸軍砲工学校校長
大正12年(1923)8月6日 第12師団長
大正13年(1924)12月1日 正四位
大正15年(1926)7月28日 東京警備司令官
昭和2年(1927)6月30日 勲一等瑞宝章
昭和2年(1927)12月15日 従三位
昭和3年(1928)8月10日 陸軍大将昇進 待命
昭和3年(1928)8月29日 予備役編入
昭和3年(1928)9月28日 正三位
昭和13年(1938)4月 後備役編入
昭和36年(1961)9月12日 89歳で死去

回复 2010-04-20 10:10巩金瓯
76 金谷範三
(1873.4.24-1933.6.6)
官位 陸軍大将従二位勲一等功四級
陸士5期 陸大15期恩賜
出身地 大分県  
明治6年4月24日生 
父 医師金谷立基の次男
明治22年(1889)9月 陸軍幼年学校入校
明治26年(1893)1月 陸軍士官学校入校
明治27年(1894)7月27日 陸軍士官学校卒業(5期)
明治27年(1894)9月21日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第3連隊附
明治27年(1894)10月18日 出征(~明治28年6月6日)
明治30年(1897)10月25日 陸軍歩兵中尉昇進
明治31年(1898)12月27日 陸軍大学校入校
明治33年(1900)11月12日 陸軍歩兵大尉昇進 歩兵第3連隊中隊長
明治34年(1901)11月28日 陸軍大学校卒業(15期恩賜)
明治35年(1902)11月15日 参謀本部出仕
明治36年(1903)2月25日 陸軍大学校兵学教官
明治37年(1904)3月6日 第2軍参謀
明治37年(1904)4月21日 出征(~明治39年1月4日)
明治38年(1905)4月19日 陸軍歩兵少佐昇進
明治38年(1905)12月21日 陸軍大学校兵学教官
明治39年(1906)2月24日 独国駐在
明治39年(1906)2月24日 功四級金鵄勲章
明治41年(1908)12月19日 駐独国大使館附武官補佐官
明治42年(1909)5月4日 参謀本部部員
明治42年(1909)11月30日 陸軍歩兵中佐昇進
明治42年(1909)12月2日 陸軍大学校教官
大正元年(1912)11月11日 駐墺太利大使館附武官
大正2年(1913)8月22日 陸軍歩兵大佐昇進
大正3年(1914)8月27日 参謀本部附(欧州駐在)
大正4年(1915)8月10日 歩兵第57連隊長
大正5年(1916)5月2日 参謀本部作戦課長
大正7年(1918)6月10日 陸軍少将昇進 支那駐屯軍司令官
大正8年(1919)7月25日 参謀本部第一部長
大正11年(1922)2月8日 参謀本部附(防務会議幹事)
大正11年(1922)8月15日 陸軍中将昇進 第18師団長
大正13年(1924)12月1日 正四位
大正14年(1925)5月1日 参謀次長
大正15年(1926)3月2日 兼陸軍大学校校長
昭和2年(1927)3月5日 朝鮮軍司令官
昭和2年(1927)12月15日 従三位
昭和3年(1928)8月10日 陸軍大将昇進
昭和3年(1928)9月29日 勲一等瑞宝章
昭和4年(1929)8月1日 軍事参議官
昭和5年(1930)2月19日 参謀総長
昭和6年(1931)1月16日 正三位
昭和6年(1931)12月23日 軍事参議官
昭和8年(1933)6月6日 61歳で死去 従二位 勲一等旭日大綬章

回复 2010-04-20 10:13巩金瓯
77 田中国重
(1870.1.18-1941.3.9)
官位 陸軍大将正三位勲一等功三級
陸士4期 陸大14期恩賜
出身地 鹿児島県  
明治2年12月17日生 
父 田中国高の長男
明治23年(1890)12月 士官候補生
明治26年(1893)7月25日 陸軍士官学校卒業(4期)
明治27年(1894)3月7日 陸軍騎兵少尉任官 近衛騎兵大隊附
明治28年(1895)4月 陸軍騎兵中尉昇進
明治28年(1895)4月 出征(~明治28年11月)
明治29年(1896)11月 騎兵第6連隊附
明治29年(1896)12月 陸軍士官学校教官
明治30年(1897)7月 中幼馬術教官
明治30年(1897)12月28日 陸軍大学校入校
明治31年(1898)3月 陸軍騎兵大尉昇進
明治33年(1900)12月20日 陸軍大学校卒業(14期恩賜)騎兵第10連隊中隊長
明治34年(1901)6月 参謀本部出仕
明治35年(1902)2月 参謀本部部員(第2部)
明治37年(1904)2月 大本営参謀
明治37年(1904)3月 陸軍騎兵少佐昇進
明治37年(1904)6月 満州軍参謀(情報)
明治38年(1905)6月 後備混成第4旅団参謀長
明治39年(1906)2月8日 駐米国公使館附
明治39年(1906)4月1日 功三級金鵄勲章
明治41年(1908)12月 駐米国公使館附武官
明治42年(1909)4月 陸軍騎兵中佐昇進
明治43年(1910)10月1日 参謀本部部員
大正2年(1913)8月22日 陸軍騎兵大佐昇進 騎兵第16連隊長
大正3年(1914)8月22日 侍従武官
大正6年(1917)1月9日 駐英国大使館附武官
大正7年(1918)7月24日 陸軍少将昇進
大正8年(1919)2月 講和会議全権委員随員
大正8年(1919)7月25日 参謀本部第二部長
大正10年(1921)9月 華盛頓会議随員
大正11年(1922)2月8日 騎兵第3旅団長
大正11年(1922)8月15日 陸軍中将昇進 第15師団長
大正13年(1924)12月1日 正四位
大正14年(1925)5月1日 近衛師団長
大正15年(1926)7月28日 台湾軍司令官
昭和2年(1927)6月30日 勲一等瑞宝章
昭和2年(1927)12月15日 従三位
昭和3年(1928)8月10日 陸軍大将昇進 軍事参議官
昭和4年(1929)8月1日 待命
昭和4年(1929)8月31日 予備役編入
昭和4年(1929)9月30日 正三位
昭和8年(1933)5月 明倫会主宰
昭和14年(1939)4月 後備役
昭和16年(1941)3月9日 72歳で死去

回复 2010-04-20 10:14巩金瓯
78 菱刈隆
(1871.12.27-1952.7.31)
官位 陸軍大将正三位勲一等功五級
陸士5期 陸大16期 
出身地 鹿児島県
明治4年11月16日生 
父 薩摩藩士菱刈八郎の三男 旧名 菱刈幸吉
明治24年(1891)12月 士官候補生
明治25年(1892)11月 陸軍士官学校入校
明治27年(1894)7月27日 陸軍士官学校卒業(5期)
明治27年(1894)9月18日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第3連隊附
明治27年(1894)9月 出征(~明治29年6月)
明治30年(1897)10月 陸軍歩兵中尉昇進
明治32年(1899)12月13日 陸軍大学校入校
明治33年(1900)11月 陸軍歩兵大尉昇進
明治35年(1902)11月28日 陸軍大学校卒業(16期)歩兵第26連隊中隊長
明治36年(1903)11月 陸軍戸山学校教官
明治37年(1904)3月 台湾総督府参謀
明治37年(1904)9月 第1軍参謀
明治37年(1904)11月 近衛後備混成旅団参謀
明治38年(1905)5月 陸軍歩兵少佐昇進 歩兵第45連隊附
明治38年(1905)7月 第1軍参謀
明治39年(1906)2月 陸軍戸山学校教官
明治39年(1906)4月1日 功五級金鵄勲章
明治41年(1908)12月 教育総監部課員
明治42年(1909)9月 欧州出張
明治43年(1910)10月 帰朝 陸軍歩兵中佐昇進
明治45年(1912)2月 陸軍省軍務局課員
大正2年(1913)3月4日 陸軍歩兵学校教官
大正3年(1914)8月10日 陸軍歩兵大佐昇進 歩兵第4連隊長
大正5年(1916)4月1日 第2師団参謀長
大正7年(1918)7月24日 陸軍少将昇進 歩兵第23旅団長
大正9年(1920)2月23日 陸軍戸山学校校長
大正12年(1923)8月6日 陸軍中将昇進 由良要塞司令官
大正13年(1924)2月4日 第8師団長
大正14年(1925)12月1日 正四位
昭和2年(1927)8月26日 第4師団長
昭和3年(1928)8月10日 台湾軍司令官
昭和3年(1928)12月15日 従三位
昭和4年(1929)8月1日 陸軍大将昇進
昭和4年(1929)9月4日 勲一等瑞宝章
昭和5年(1930)6月3日 関東軍司令官
昭和6年(1931)8月1日 軍事参議官
昭和6年(1931)12月28日 正三位
昭和8年(1933)7月29日 関東軍司令官
昭和8年(1933)8月22日 兼駐満洲国大使
昭和9年(1934)2月7日 勲一等旭日大綬章
昭和9年(1934)12月10日 軍事参議官
昭和10年(1935)8月1日 予備役編入
昭和10年(1935)12月23日 勲一等旭日桐花大綬章
昭和12年(1937)4月 後備役
昭和14年(1939)7月 日本忠霊顕彰会会長
昭和18年(1943)3月 日本剣道会会長
昭和27年(1952)7月31日 82歳で死去

回复 2010-04-20 10:16巩金瓯
79 岸本鹿太郎
(1869.2.19-1942.9.3)
官位 陸軍大将正三位勲一等功四級
陸士5期 陸大15期 
出身地 岡山県
明治2年1月9日生 
父 岸本孫四郎の長男
明治21年(1888)12月 教導団歩兵大隊入
明治23年(1890)5月 歩兵科卒業 近衛歩兵第1連隊附
明治23年(1890)9月 陸軍戸山学校学生( ~明治24年6月)
明治24年(1891)12月 士官候補生
明治25年(1892)11月 陸軍士官学校入校
明治27年(1894)7月27日 陸軍士官学校卒業(5期)
明治27年(1894)9月18日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第20連隊附
明治28年(1895)4月 出征(~明治28年11月)
明治30年(1897)10月 陸軍歩兵中尉昇進 歩兵第39連隊附
明治31年(1898)12月27日 陸軍大学校入校
明治34年(1901)4月 陸軍歩兵大尉昇進
明治34年(1901)11月28日 陸軍大学校卒業(15期)歩兵第39連隊中隊長
明治35年(1902)12月 陸軍戸山学校教官
明治36年(1903)5月 参謀本部出仕
明治36年(1903)8月 参謀本部部員
明治37年(1904)2月 大本営運輸通信長官部副官
明治38年(1905)5月 陸軍歩兵少佐昇進 大本営運輸通信長官部参謀  
明治39年(1906)4月1日 功四級金鵄勲章
明治42年(1909)2月 陸軍大学校教官
明治43年(1910)11月 陸軍歩兵中佐昇進 歩兵第61連隊附
明治44年(1911)11月 陸軍運輸部附
明治45年(1912)3月 歩兵第22連隊附
大正元年(1912)9月 歩兵第38連隊附
大正2年(1913)8月22日 広島連隊区司令官
大正3年(1914)8月10日 陸軍歩兵大佐昇進 参謀本部運輸課長
大正7年(1918)8月19日 陸軍少将昇進 歩兵第16旅団長
大正8年(1919)7月25日 参謀本部第三部長
大正10年(1921)6月3日 参謀本部総務部長
大正12年(1923)8月6日 陸軍中将昇進 第5師団長
大正14年(1925)12月1日 正四位
大正15年(1926)7月28日 教育総監部本部長
昭和3年(1928)8月10日 東京警備司令官
昭和3年(1928)12月15日 従三位
昭和3年(1928)11月2日 勲一等瑞宝章
昭和4年(1929)8月1日 陸軍大将昇進 待命
昭和4年(1929)8月31日 予備役編入
昭和4年(1929)9月30日 正三位
昭和10年(1935)4月 後備役
昭和17年(1942)9月3日 74歳で死去

回复 2010-04-20 10:22巩金瓯
80 吉田豊彦
(1873.11.1-1951.1.10)
官位 陸軍大将正三位勲一等功四級
陸士5期 砲工校6期優等
出身地 鹿児島県  
明治6年11月1日生 
父 薩摩藩士吉田信之助の長男
明治24年(1891)12月 士官候補生
明治25年(1892)11月 陸軍士官学校入校
明治27年(1894)7月27日 陸軍士官学校卒業(5期)
明治27年(1894)9月18日 陸軍砲兵少尉任官 要塞砲兵第1連隊附
明治28年(1895)2月 臨時東京湾守備隊附
明治28年(1895)11月 要塞砲兵第2連隊第1大隊副官心得
明治30年(1897)1月 陸軍砲工学校入校
明治30年(1897)10月 陸軍砲兵中尉昇進
明治30年(1897)12月 由良要塞砲兵連隊附
明治31年(1898)12月22日 陸軍砲工学校高等科卒業(6期恩賜)
明治32年(1899)2月 陸軍要塞砲兵射撃学校入校
明治32年(1899)8月 独国駐在(軍事研究、~明治35年11月)
明治33年(1900)11月 陸軍砲兵大尉昇進
明治35年(1902)11月 陸軍要塞砲兵射撃学校教官
明治37年(1904)5月 攻城砲兵司令部員
明治37年(1904)6月 日露戦争に出征(~明治38年3月)
明治38年(1905)1月 独立重砲兵旅団司令部員
明治38年(1905)3月18日 陸軍砲兵少佐昇進 陸軍省副官兼陸軍大臣秘書官
明治39年(1906)3月6日 陸軍要塞砲兵射撃学校教官
明治40年(1907)3月 米国差遣(~明治40年6月)
明治40年(1907)10月 陸軍重砲兵射撃学校教導大隊長
明治41年(1908)12月21日 陸軍省副官兼陸軍大臣秘書官
明治42年(1909)6月 陸軍砲兵中佐昇進
明治43年(1910)6月28日 陸軍省軍務局課員
明治44年(1911)2月 英国出張(~明治44年8月)
明治44年(1911)11月 陸軍省兵器局課員兼軍務局課員
大正4年(1915)8月10日 陸軍砲兵大佐昇進 陸軍省兵器局銃砲課長
大正7年(1918)1月 欧米出張(~大正7年10月)
大正7年(1918)6月6日 陸軍省兵器局工政課長
大正8年(1919)1月31日 陸軍重砲兵射撃学校校長
大正8年(1919)7月25日 陸軍少将昇進
大正10年(1921)5月5日 陸軍省兵器局長
大正13年(1924)2月4日 陸軍中将昇進 陸軍造兵廠長官
昭和3年(1928)3月8日 陸軍技術本部長
昭和4年(1929)4月15日 正四位
昭和5年(1930)3月7日 陸軍大将昇進
昭和5年(1930)4月22日 勲一等瑞宝章
昭和6年(1931)5月1日 従三位
昭和6年(1931)8月1日 待命
昭和6年(1931)8月29日 予備役編入
昭和6年(1931)9月28日 正三位
昭和9年(1934)2月 日本製鉄取締役
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和26年(1951)1月10日 78歳で死去

回复 2010-04-20 10:25巩金瓯
81 南次郎
(1874.8.10-1955.12.5)
官位 陸軍大将正二位勲一等功四級
陸士6期 陸大17期
出身地 大分県
明治7年8月10日生 
父 日出藩士南喜平
明治23年(1890)9月 陸軍幼年学校入校
明治26年(1893)6月 陸軍幼年学校卒業 士官候補生
明治26年(1893)12月 陸軍士官学校入校
明治28年(1895)1月1日 陸軍士官学校卒業(6期)
明治28年(1895)5月22日 陸軍騎兵少尉任官 騎兵第6大隊附
明治29年(1896)9月 台湾守備騎兵第3中隊附
明治30年(1897)10月 陸軍騎兵中尉昇進 騎兵第6大隊附
明治32年(1899)11月 騎兵第13連隊附
明治32年(1899)12月 陸軍士官学校生徒隊附兼教官
明治33年(1900)11月 陸軍騎兵大尉昇進
明治33年(1900)12月15日 陸軍大学校入校
明治36年(1903)11月28日 陸軍大学校卒業(17期)騎兵第1連隊中隊長
明治37年(1904)3月 日露戦争出征(~明治37年12月)
明治37年(1904)12月 大本営陸軍部参謀
明治38年(1905)3月 陸軍騎兵少佐昇進 第13師団参謀(後方)
明治38年(1905)12月 陸軍大学校教官
明治39年(1906)4月1日 功四級金鵄勲章
明治39年(1906)9月 関東都督府陸軍参謀
明治40年(1907)5月 陸軍大学校附
明治40年(1907)10月21日 陸軍大学校教官
明治43年(1910)2月 陸軍騎兵中佐昇進
大正元年(1912)12月 欧州出張
大正3年(1914)1月20日 騎兵第13連隊長
大正4年(1915)8月10日 陸軍騎兵大佐昇進
大正6年(1917)8月6日 陸軍省軍務局騎兵課長
大正8年(1919)7月25日 陸軍少将昇進 支那駐屯軍司令官
大正10年(1921)1月20日 騎兵第3旅団長
大正10年(1921)7月29日 陸軍騎兵実施学校校長
大正11年(1922)2月8日 陸軍騎兵学校校長
大正12年(1923)10月10日 陸軍士官学校校長
大正13年(1924)2月4日 陸軍中将昇進
大正13年(1924)8月20日 騎兵監
大正15年(1926)3月2日 第16師団長
大正15年(1926)4月15日 正四位
昭和2年(1927)3月5日 参謀次長
昭和4年(1929)8月1日 朝鮮軍司令官
昭和4年(1929)9月2日 従三位
昭和5年(1930)1月20日 勲一等瑞宝章
昭和5年(1930)3月7日 陸軍大将昇進
昭和5年(1930)12月22日 軍事参議官
昭和6年(1931)4月14日 陸軍大臣
昭和6年(1931)9月15日 正三位
昭和6年(1931)12月13日 軍事参議官
昭和9年(1934)2月9日 議定官
昭和9年(1934)2月7日 勲一等旭日大綬章
昭和9年(1934)12月10日 関東軍司令官兼駐満洲国大使
昭和10年(1935)12月23日 勲一等旭日桐花大綬章
昭和11年(1936)3月6日 参謀本部附
昭和11年(1936)4月18日 待命
昭和11年(1936)4月22日 予備役編入
昭和11年(1936)8月5日 朝鮮総督
昭和12年(1937)3月1日 従二位
昭和17年(1942)5月29日 枢密顧問官
昭和19年(1944)3月1日 正二位
昭和20年(1945)3月29日 大日本政治会総裁(~昭和20年9月)
昭和20年(1945)3月31日 貴族院議員(~昭和20年12月7日)
昭和20年(1945)12月 A級戦犯収容(~昭和29年1月)
昭和23年(1948)11月 判決 終身禁錮
昭和29年(1954) 仮出獄
昭和30年(1955)12月5日 81歳で死去

回复 2010-04-20 10:30巩金瓯
82 畑英太郎
(1872.8.28-1930.5.31)
官位 陸軍大将従三位勲一等功五級
陸士7期 陸大17期恩賜
出身地 福島県  
明治5年7月25日生 
父 会津藩士畑能賢の長男
明治26年(1993)12月 士官候補生
明治27年(1894)11月 陸軍士官学校入校
明治29年(1896)5月27日 陸軍士官学校卒業(7期)
明治30年(1897)1月25日 陸軍歩兵少尉任官 近衛歩兵第2連隊附
明治32年(1899)11月 陸軍歩兵中尉昇進
明治33年(1900)12月15日 陸軍大学校入校
明治36年(1903)10月 陸軍歩兵大尉昇進
明治36年(1903)11月28日 陸軍大学校卒業(17期恩賜)近衛歩兵第2連隊中隊長
明治37年(1904)3月 第1軍兵站副官
明治37年(1904)7月 第1軍兵站参謀
明治38年(1905)1月 鴨緑江軍兵站参謀
明治38年(1905)4月 大本営参謀
明治38年(1905)12月 参謀本部部員
明治41年(1908)8月 参謀本部附(英国差遣)
明治41年(1908)12月19日 駐英国大使館附武官補佐官
明治41年(1908)12月 陸軍歩兵少佐昇進
明治43年(1910)11月5日 印度駐箚武官(~明治45年5月30日)
明治45年(1912)5月 参謀本部部員
明治45年(1912)6月 欧州出張
大正元年(1912)8月 帰朝
大正元年(1912)12月26日 陸軍省軍務局軍事課員
大正2年(1913)1月 陸軍歩兵中佐昇進
大正5年(1916)4月1日 陸軍歩兵大佐昇進 歩兵第56連隊長
大正7年(1918)7月24日 陸軍省軍務局軍事課長
大正9年(1920)8月10日 陸軍少将昇進 航空局次長
大正11年(1922)2月8日 陸軍省軍務局長
大正13年(1924)12月20日 陸軍中将昇進
大正15年(1926)7月28日 陸軍次官
大正15年(1926)10月1日 兼軍事調査委員長( ~昭和3年3月22日)
昭和3年(1928)3月22日 陸軍次官
昭和3年(1928)8月10日 第1師団長
昭和3年(1928)9月1日 正四位
昭和4年(1929)7月1日 関東軍司令官
昭和5年(1930)5月1日 陸軍大将昇進
昭和5年(1930)5月31日 59歳で旅順にて死去 従三位 勲一等瑞宝章

回复 2010-04-20 10:34巩金瓯
83 渡辺錠太郎
(1874.4.16-1936.2.26)
官位 陸軍大将従二位勲一等功三級
陸士8期 陸大17期首席
出身地 愛知県  
明治7年4月16日生
実父 煙草商和田武右衛門の長男 養父 農業渡辺庄兵衛
明治27年(1894)12月 士官候補生
明治28年(1895)7月 陸軍士官学校入校
明治29年(1896)11月26日 陸軍士官学校卒業(8期)
明治30年(1897)6月28日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第19連隊附
明治32年(1899)11月 陸軍歩兵中尉昇進
明治33年(1900)12月15日 陸軍大学校入校
明治36年(1903)11月28日 陸軍大学校卒業(17期首席)
明治36年(1903)12月 陸軍歩兵大尉昇進 歩兵第36連隊中隊長
明治37年(1904)7月 出征( ~明治37年9月 戦傷)
明治37年(1904)10月 大本営参謀
明治38年(1905)9月16日 山県有朋元帥副官(~明治40年2月21日)
明治39年(1906)4月1日 功五級金鵄勲章
明治39年(1906)9月 清国出張(~明治39年12月)
明治40年(1907)2月 独国駐在
明治41年(1908)12月 陸軍歩兵少佐昇進
明治42年(1909)5月4日 駐独国大使館附陸軍武官補佐官(~明治43年6月24日)
明治43年(1910)6月 参謀本部部員
明治43年(1910)11月30日 山県有朋元帥副官(~大正4年2月26日)
大正2年(1913)1月 陸軍歩兵中佐昇進
大正4年(1915)2月 歩兵第3連隊附
大正5年(1916)5月2日 参謀本部外国戦史課長
大正5年(1916)7月14日 陸軍歩兵大佐昇進
大正6年(1917)10月12日 駐蘭公使館附陸軍武官
大正8年(1919)9月10日 参謀本部附(欧州出張)
大正9年(1920)8月10日 陸軍少将昇進 歩兵第29旅団長
大正11年(1922)9月26日 参謀本部第四部長
大正14年(1925)5月1日 陸軍中将昇進 陸軍大学校校長
大正15年(1926)3月2日 第7師団長
昭和2年(1927)7月1日 正四位
昭和4年(1929)3月14日 陸軍航空本部長
昭和5年(1930)6月3日 台湾軍司令官
昭和5年(1930)7月8日 勲一等瑞宝章
昭和5年(1930)7月15日 従三位
昭和6年(1931)8月1日 陸軍大将昇進 陸軍航空本部長兼軍事参議官
昭和8年(1933)3月18日 軍事参議官
昭和8年(1933)8月1日 正三位
昭和9年(1934)2月7日 勲一等旭日大綬章
昭和10年(1935)7月16日 教育総監兼軍事参議官
昭和11年(1936)2月26日 63歳で暗殺(226事件)従二位 勲一等旭日桐花大綬章

回复 2010-04-20 10:38巩金瓯
84 緒方勝一
(1875.1.25-1960.12.28)
官位 陸軍大将正三位勲一等功四級
陸士7期 
出身地 佐賀県
明治8年1月25日生 
父 緒方二郎の三男
明治26年(1993)12月 士官候補生
明治27年(1894)11月 陸軍士官学校入校
明治29年(1896)5月27日 陸軍士官学校卒業(7期)
明治30年(1897)1月25日 陸軍砲兵少尉任官 東京湾要塞砲兵連隊附
明治32年(1899)1月 陸軍砲工学校入校
明治32年(1899)11月 陸軍砲兵中尉昇進
明治33年(1900)12月 陸軍砲工学校高等科卒業
明治34年(1901)8月 仏国駐在(~明治37年4月 軍事研究)
明治35年(1902)11月 陸軍砲兵大尉昇進
明治37年(1904)4月 陸軍士官学校教官
明治37年(1904)9月 第4軍副官
明治37年(1904)10月 出征(~明治38年10月)
明治38年(1905)9月 陸軍技術審査部勤務
明治38年(1905)10月 陸軍砲兵少佐昇進
大正2年(1913)1月 陸軍砲兵中佐昇進
大正2年(1913)8月 重砲兵第2連隊附
大正3年(1914)8月16日 独立攻城重砲第2大隊長
大正3年(1914)9月 日独戦争出征(~大正3年12月)
大正4年(1915)4月27日 陸軍技術審査部附(仏軍従軍)
大正4年(1915)11月7日 功四級金鵄勲章
大正5年(1916)9月27日 陸軍砲兵大佐昇進
大正7年(1918)9月 陸軍歩兵学校研究部員
大正8年(1919)4月15日 技術本部第一部長
大正9年(1920)8月10日 陸軍少将昇進
大正12年(1923)8月6日 陸軍重砲兵学校校長
大正13年(1924)2月4日 陸軍砲工学校校長
大正13年(1924)12月15日 陸軍科学研究所所長
大正14年(1925)5月1日 陸軍中将昇進
昭和3年(1928)3月8日 陸軍造兵廠長官
昭和6年(1931)6月16日 正四位
昭和6年(1931)8月1日 陸軍大将昇進 陸軍技術本部長
昭和6年(1931)8月22日 兼陸軍科学研究所長事務取扱
昭和6年(1931)9月8日 勲一等瑞宝章
昭和7年(1932)7月1日 従三位
昭和7年(1932)8月8日 陸軍技術本部長
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和9年(1934)8月1日 予備役編入
昭和9年(1934)8月27日 正三位
昭和35年(1960)12月28日 86歳で死去

回复 2010-04-20 10:42巩金瓯
85 林銑十郎
(1876年.2.23-1943.2.4)
官位 陸軍大将正二位勲一等功四級
陸士8期 陸大17期
出身地 石川県   
明治9年2月23日生
父 金沢藩士林孜々郎の長男
明治27年(1894)12月 士官候補生
明治28年(1895)7月 陸軍士官学校入校
明治29年(1896)11月26日 陸軍士官学校卒業(8期)
明治30年(1897)6月28日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第7連隊附
明治32年(1899)11月17日 陸軍歩兵中尉昇進
明治33年(1900)3月16日 第9師団副官
明治33年(1900)12月10日 陸軍大学校入校
明治36年(1903)11月28日 陸軍大学校卒業(17期)
明治37年(1904)1月19日 陸軍歩兵大尉昇進 歩兵第7連隊中隊長
明治37年(1904)5月 歩兵第6旅団副官
明治38年(1905)1月 鴨緑江軍参謀
明治38年(1905)3月 留守第3師団参謀
明治39年(1906)1月13日 参謀本部部員
明治39年(1906)4月1日 功四級金鵄勲章
明治41年(1908)12月21日 陸軍歩兵少佐昇進 歩兵第24連隊附
明治43年(1910)1月10日 韓国駐剳軍司令部附
大正2年(1913)7月24日 歩兵第3連隊附
大正2年(1913)9月 独国駐在
大正3年(1914)1月20日 陸軍歩兵中佐昇進
大正3年(1914)10月 英国駐在(~大正5年11月)
大正5年(1916)11月15日 久留米俘虜収容所長
大正6年(1917)8月6日 陸軍歩兵大佐昇進
大正7年(1918)7月24日 歩兵第57連隊長
大正9年(1920)1月30日 陸軍技術本部附(臨時軍事調査委員長)
大正10年(1921)7月20日 陸軍少将昇進 陸軍士官学校予科長
大正12年(1923)3月17日 教育総監部附(仏国出張)
大正12年(1923)6月30日 国連陸軍代表
大正13年(1924)9月11日 教育総監部附
大正14年(1925)5月1日 歩兵第2旅団長
大正15年(1926)3月2日 陸軍中将昇進 東京湾要塞司令官
昭和2年(1927)3月5日 陸軍大学校校長
昭和3年(1928)8月10日 教育総監部本部長
昭和4年(1929)8月1日 近衛師団長
昭和4年(1929)9月2日 正四位
昭和5年(1930)12月22日 朝鮮軍司令官
昭和7年(1932)4月11日 陸軍大将昇進
昭和7年(1932)5月2日 従三位
昭和7年(1932)5月26日 教育総監兼軍事参議官
昭和7年(1932)6月14日 勲一等瑞宝章
昭和9年(1934)1月23日 陸軍大臣
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和9年(1934)5月15日 正三位
昭和10年(1935)9月5日 軍事参議官
昭和11年(1936)1月31日 議定官
昭和11年(1936)3月6日 待命
昭和11年(1936)3月10日 予備役編入
昭和12年(1937)2月2日 内閣総理大臣兼文部大臣兼外務大臣
昭和12年(1937)3月3日 免兼外務大臣
昭和12年(1937)6月4日 辞職
昭和12年(1937)7月2日 従二位
昭和12年(1937)9月 日本武徳会会長
昭和13年(1938)8月 日本回教協会会長
昭和15年(1940)10月3日 内閣参議
昭和16年(1941)10月22日 辞職
昭和17年(1942)5月 日本興亜同盟総裁
昭和18年(1943)2月4日 68歳で死去 正二位 勲一等旭日桐花大綬章

回复 2010-04-20 10:55巩金瓯
86 本庄繁
(1876.5.10-1945.11.30)
官位 陸軍大将従二位勲一等功一級男爵
陸士9期 陸大19期
出身地 兵庫県  
明治9年5月10日生 
父 農業本庄常右衛門の長男
明治26年(1893)9月 陸軍幼年学校入校
明治29年(1896)5月30日 陸軍幼年学校卒業 士官候補生
明治29年(1896)9月 陸軍士官学校入校
明治30年(1897)11月29日 陸軍士官学校卒業(9期)
明治31年(1898)6月27日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第20連隊附
明治33年(1900)11月21日 陸軍歩兵中尉昇進 陸軍士官学校生徒隊附
明治34年(1901)8月9日 陸軍大学校入校
明治37年(1904)2月9日 陸軍大学校中退
明治37年(1904)4月 歩兵第20連隊中隊長
明治37年(1904)5月 出征(~明治37年11月)
明治37年(1904)6月18日 陸軍歩兵大尉昇進
明治38年(1905)1月30日 陸軍省出仕(官房附)
明治39年(1906)2月28日 近衛歩兵第2連隊附
明治39年(1906)3月20日 陸軍大学校復校
明治39年(1906)4月1日 功四級金鵄勲章
明治40年(1907)11月30日 陸軍大学校卒業(19期)参謀本部勤務
明治41年(1908)4月24日 参謀本部部員
明治41年(1908)9月12日 参謀本部附
明治41年(1908)12月21日 参謀本部部員(北京 上海駐在)
明治42年(1909)5月20日 陸軍歩兵少佐昇進
明治45年(1912)6月17日 陸軍大学校教官
大正2年(1913)1月15日 参謀本部支那班長
大正2年(1913)6月9日 兼陸軍大学校教官
大正4年(1915)6月24日 陸軍歩兵中佐昇進
大正6年(1917)8月6日 参謀本部支那課長代理
大正7年(1918)6月10日 陸軍歩兵大佐昇進 参謀本部支那課長
大正8年(1919)4月1日 歩兵第11連隊長
大正9年(1920)11月1日 功三級金鵄勲章
大正10年(1921)5月30日 参謀本部附(張作霖軍事顧問)
大正11年(1922)8月15日 陸軍少将昇進
大正13年(1924)8月20日 歩兵第4旅団長
大正14年(1925)5月1日 駐支公使館附武官
昭和2年(1927)3月5日 陸軍中将昇進
昭和3年(1928)2月29日 第10師団長
昭和4年(1929)5月2日 正四位
昭和6年(1931)8月1日 関東軍司令官
昭和7年(1932)5月16日 従三位
昭和7年(1932)8月8日 軍事参議官
昭和8年(1933)3月23日 勲一等瑞宝章
昭和8年(1933)4月6日 侍従武官長
昭和8年(1933)6月19日 陸軍大将昇進
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章 功一級金鵄勲章
昭和10年(1935)6月1日 正三位
昭和10年(1935)12月26日 男爵叙爵
昭和11年(1936)3月23日 待命
昭和11年(1936)4月22日 予備役編入
昭和13年(1938)4月18日 傷兵保護院総裁
昭和14年(1939)7月15日 軍事保護院総裁
昭和19年(1944)7月15日 従二位
昭和20年(1945)5月19日 枢密顧問官
昭和20年(1945)9月 補導会理事長
昭和20年(1945)11月20日 69歳で自決

回复 2010-04-20 11:01巩金瓯
87 阿部信行
(1875.11.24-1953.9.7)
官位 陸軍大将正二位勲一等
陸士9期 陸大19期恩賜
出身地 石川県  
明治8年11月24日生 
父 金沢藩士阿部信満の長男
明治28年(1895)12月 要塞砲兵第1連隊入隊(士官候補生)
明治29年(1896)9月 陸軍士官学校入校
明治30年(1897)11月29日 陸軍士官学校卒業(9期)
明治31年(1898)6月27日 陸軍砲兵少尉任官
明治33年(1900)1月 陸軍砲工学校入校
明治33年(1900)11月 陸軍砲兵中尉昇進
明治34年(1901)12月23日 陸軍砲工学校高等科卒業(9期)佐世保要塞砲兵連隊附
明治35年(1902)8月9日 陸軍大学校入校
明治36年(1903)11月 陸軍砲兵大尉昇進
明治37年(1904)2月9日 陸軍大学校中退 長崎要塞副官
明治38年(1905)5月 出征(~明治39年2月)
明治39年(1906)3月20日 陸軍大学校復校
明治40年(1907)11月30日 陸軍大学校卒業(19期恩賜)参謀本部出仕
明治41年(1908)12月 陸軍砲兵少佐昇進 参謀本部部員
明治42年(1909)9月 陸軍大学校教官
明治43年(1910)11月 独国駐在
大正2年(1913)2月 駐墺太利大使館附陸軍武官補佐官
大正3年(1914)1月20日 陸軍大学校教官
大正4年(1915)1月 兼元帥副官
大正4年(1915)2月 陸軍砲兵中佐昇進
大正7年(1918)7月24日 陸軍砲兵大佐昇進 野砲兵第3連隊長
大正9年(1920)8月10日 参謀本部編制動員課長
大正10年(1921)6月3日 陸軍大学校幹事
大正11年(1922)8月15日 陸軍少将昇進
大正12年(1923)8月6日 参謀本部総務部長
大正12年(1923)9月3日 兼関東戒厳参謀長
大正15年(1926)7月28日 陸軍省軍務局長
昭和2年(1927)3月5日 陸軍中将昇進
昭和3年(1928)8月10日 陸軍次官
昭和5年(1930)6月16日 兼陸軍大臣代理
昭和5年(1930)7月1日 従三位
昭和5年(1930)11月6日 勲一等瑞宝章
昭和5年(1930)12月10日 陸軍次官
昭和5年(1930)12月22日 第4師団長
昭和7年(1932)1月9日 台湾軍司令官
昭和8年(1933)6月19日 陸軍大将昇進
昭和8年(1933)7月15日 正三位
昭和8年(1933)8月1日 軍事参議官
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和11年(1936)3月6日 待命
昭和11年(1936)3月10日 予備役編入
昭和14年(1939)8月30日 内閣総理大臣
昭和15年(1940)1月15日 従二位
昭和15年(1940)1月16日 辞職
昭和15年(1940)4月1日 駐華特命全権大使
昭和15年(1940)12月7日 辞職
昭和17年(1942)5月18日 貴族院議員
昭和17年(1942)5月20日 翼賛政治会総裁
昭和19年(1944)7月24日 朝鮮総督
昭和21年(1946)2月22日 辞職
昭和28年(1953)9月7日 78歳で死去
昭和28年(1953)10月6日 正二位

回复 2010-04-20 11:06巩金瓯
88 真崎甚三郎
(1876.11.27-1956.8.31)
官位 陸軍大将従二位勲一等功三級
陸士9期 陸大19期恩賜 
出身地 佐賀県
明治9年11月27日生 
父 農業真崎要七の長男
明治28年(1895)12月 士官候補生
明治29年(1896)9月 陸軍士官学校入校
明治30年(1897)11月29日 陸軍士官学校卒業(9期)
明治31年(1898)6月27日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第46連隊附
明治32年(1899)5月 対馬警備隊附
明治33年(1900)11月 陸軍歩兵中尉昇進
明治33年(1900)12月 陸軍士官学校附(区隊長)
明治35年(1902)8月9日 陸軍大学校入校
明治37年(1904)2月9日 陸軍大学校中退
明治37年(1904)2月 出征(~明治38年12月)
明治37年(1904)6月 陸軍歩兵大尉昇進 歩兵第46連中隊長
明治39年(1906)3月20日 陸軍大学校復校
明治40年(1907)11月30日 陸軍大学校卒業(19期恩賜)陸軍省軍務局出仕
明治41年(1908)10月 陸軍省軍務局課員(軍事課)
明治42年(1909)1月 陸軍歩兵少佐昇進
明治44年(1911)5月 独国駐在
大正3年(1914)6月 帰朝 歩兵第42連隊大隊長
大正3年(1914)11月 陸軍歩兵中佐昇進 歩兵第53連隊附
大正4年(1915)5月25日 久留米俘虜収容所長
大正5年(1916)11月15日 教育総監部第二課長
大正7年(1918)1月18日 陸軍歩兵大佐昇進
大正9年(1920)8月10日 陸軍省軍務局軍事課長
大正10年(1921)7月20日 近衛歩兵第1連隊長
大正11年(1922)8月15日 陸軍少将昇進 歩兵第1旅団長
大正12年(1923)8月6日 陸軍士官学校本科長
大正14年(1925)5月1日 陸軍士官学校教授部長兼幹事
大正15年(1926)3月2日 陸軍士官学校校長
昭和2年(1927)3月5日 陸軍中将昇進
昭和2年(1927)8月26日 第8師団長
昭和4年(1929)5月2日 正四位
昭和4年(1929)7月1日 第1師団長
昭和6年(1931)8月1日 台湾軍司令官
昭和7年(1932)1月9日 参謀次長第1部長事務取扱 親任官待遇
昭和7年(1932)2月4日 免兼第1部長事務取扱
昭和7年(1932)5月16日 従三位
昭和7年(1932)8月8日 兼軍事参議官
昭和8年(1933)6月19日 陸軍大将昇進 軍事参議官
昭和8年(1933)7月20日 勲一等瑞宝章
昭和9年(1934)1月23日 教育総監兼軍事参議官
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和10年(1935)6月1日 正三位
昭和10年(1935)7月16日 軍事参議官
昭和11年(1936)3月6日 待命
昭和11年(1936)3月10日 予備役編入
昭和11年(1936)7月 拘留
昭和12年(1937)9月25日 東京陸軍軍法会議で無罪判決
昭和20年(1945)11月 A級戦犯容疑で拘留
昭和22年(1947)9月 釈放
昭和31年(1956)8月31日 81歳で死去

回复 2010-04-20 11:14巩金瓯
89 荒木貞夫
(1877.5.26-1966.11.2)
官位 陸軍大将従二位勲一等功四級男爵
陸士9期 陸大19期首席  
出身地 和歌山県
明治10年5月26日生 
父 一橋家家臣荒木貞之助の長男
明治28年(1895)12月 士官候補生
明治29年(1896)9月 陸軍士官学校入校
明治30年(1897)11月29日 陸軍士官学校卒業(9期)
明治31年(1898)6月27日 陸軍歩兵少尉任官 近衛歩兵第1連隊附
明治33年(1900)11月 陸軍歩兵中尉昇進
明治34年(1901)3月 陸軍中央幼年学校生徒隊附
明治35年(1902)8月9日 陸軍大学校入校
明治37年(1904)2月9日 陸軍大学校中退 近衛後備歩兵第1連隊中隊長
明治37年(1904)5月 近衛後備混成旅団副官
明治37年(1904)6月 出征(~明治38年11月)
明治37年(1904)8月 陸軍歩兵大尉昇進
明治38年(1905)12月 近衛歩兵第1連隊附
明治39年(1906)3月20日 陸軍大学校復校
明治40年(1907)11月30日 陸軍大学校卒業(19期恩賜)参謀本部出仕(露国駐在)
明治41年(1908)4月 参謀本部部員
明治42年(1909)11月 陸軍歩兵少佐昇進
明治42年(1909)12月 露国駐在
明治45年(1912)5月24日 駐露国大使館附陸軍武官補佐官
大正2年(1913)4月22日 参謀本部部員
大正3年(1914)3月 陸軍省副官
大正3年(1914)8月 陸軍大学校教官
大正4年(1915)4月 露国出張
大正4年(1915)6月 露軍従軍(~大正7年4月)
大正4年(1915)8月 陸軍歩兵中佐昇進 参謀本部附仰付(哈爾浜特務機関)
大正7年(1918)7月24日 陸軍歩兵大佐昇進 関東都督府附
大正7年(1918)8月3日 浦塩機関長
大正7年(1918)11月1日 浦塩派遣軍参謀
大正8年(1919)7月25日 歩兵第23連隊長
大正9年(1920)11月1日 功四級金鵄勲章
大正10年(1921)4月1日 参謀本部欧米課長
大正12年(1923)3月17日 陸軍少将昇進 歩兵第8旅団長
大正13年(1924)1月9日 憲兵司令官
大正13年(1924)5月 国本社理事
大正14年(1925)5月1日 参謀本部第一部長
昭和2年(1927)7月26日 陸軍中将昇進
昭和3年(1928)8月10日 陸軍大学校校長
昭和4年(1929)8月1日 第6師団長
昭和4年(1929)10月1日 正四位
昭和6年(1931)8月1日 教育総監部本部長
昭和6年(1931)12月13日 陸軍大臣
昭和7年(1932)1月15日 勲一等瑞宝章
昭和8年(1933)10月20日 陸軍大将昇進
昭和8年(1933)12月15日 正三位
昭和9年(1934)1月23日 軍事参議官
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和10年(1935)12月26日 男爵叙爵
昭和11年(1936)3月6日 待命
昭和11年(1936)3月10日 予備役編入
昭和12年(1937)10月15日 内閣参議
昭和13年(1938)5月26日 文部大臣(~昭和14年8月30日)
昭和14年(1939)3月15日 従二位
昭和15年(1940)1月20日 内閣参議(~昭和15年7月22日)
昭和20年(1945)11月 戦犯容疑で逮捕
昭和23年(1948)11月 終身刑宣告(A級戦犯)
昭和30年(1955)6月 仮釈放
昭和41年(1966)11月2日 90歳で死去

回复 2010-04-20 11:23巩金瓯
90 松井石根
(1878.7.27-1948.12.23)
官位 陸軍大将正三位勲一等功一級
陸士9期 陸大18期首席
出身地 愛知県
明治11年7月27日生 
父 尾張藩士松井武圀の六男
明治23年(1890)4月 成城学校入校
明治26年(1893)9月 陸軍幼年学校入校
明治29年(1896)5月 陸軍中央幼年学校卒業
明治29年(1896)9月 陸軍士官学校入校
明治30年(1897)11月29日 陸軍士官学校卒業(9期)
明治31年(1898)6月27日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第6連隊附
明治33年(1900)11月 陸軍歩兵中尉昇進
明治34年(1901)10月 陸軍大学校入校
明治37年(1904)2月9日 陸軍大学校中退 歩兵第6連隊中隊長
明治37年(1904)4月 日露戦争に出征(~明治39年1月)
明治37年(1904)8月 陸軍歩兵大尉昇進。
明治38年(1905)7月 第2軍副官。
明治38年(1905)12月 第2軍兵站監部参謀。
明治39年(1906)3月20日 陸軍大学校復校
明治39年(1906)11月28日 陸軍大学校卒業(18期恩賜)参謀本部出仕
明治40年(1907)1月 清国差遣(北京 上海~明治44年4月 )
明治41年(1908)11月 参謀本部員
明治42年(1909)11月 陸軍歩兵少佐昇進
大正2年(1913)4月 仏領印度支那出張
大正3年(1914)5月 欧米出張(~大正4年8月)
大正4年(1915)8月 陸軍歩兵中佐昇進 歩兵第22連隊附
大正4年(1915)12月25日 参謀本部附(上海駐在)
大正7年(1918)7月24日 陸軍歩兵大佐昇進
大正8年(1919)2月20日 歩兵第39連隊長
大正10年(1921)5月26日 浦塩派遣軍情報参謀
大正11年(1922)11月6日 関東軍司令部附(哈爾浜特務機関長)
大正12年(1923)3月17日 陸軍少将昇進
大正13年(1924)2月4日 歩兵第35旅団長
大正14年(1925)5月1日 参謀本部第二部長
昭和2年(1927)7月26日 陸軍中将昇進
昭和3年(1928)12月21日 参謀本部附(欧米出張)
昭和4年(1929)8月1日 第11師団長
昭和4年(1929)10月1日 正四位
昭和6年(1931)10月1日 参謀本部附
昭和6年(1931)12月9日 日内瓦ー般軍縮会議全権委員
昭和7年(1932)8月26日 帰国
昭和8年(1933)3月18日 軍事参議官
昭和8年(1933)4月1日 従三位
昭和8年(1933)8月1日 台湾軍司令官
昭和8年(1933)10月20日 陸軍大将昇進
昭和8年(1933)11月2日 勲一等瑞宝章
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和9年(1934)8月1日 軍事参議官
昭和10年(1935)8月1日 待命
昭和10年(1935)8月28日 予備役編入
昭和10年(1935)9月26日 正三位
昭和10年(1935)12月 大亜細亜協会会長
昭和12年(1937)8月15日 上海派遣軍司令官
昭和12年(1937)10月30日 中支那方面軍司令官兼上海派遣軍司令官
昭和12年(1937)12月2日 上海派遣軍司令官
昭和13年(1938)3月5日 復員
昭和13年(1938)7月20日 内閣参議(~昭和15年1月23日)
昭和17年(1942)4月4日 功一級金鵄勲章
昭和17年(1942)5月 日本興亜同盟副総裁
昭和18年(1943)5月 興亜総本部総裁
昭和20年(1945)6月 日本興亜会総裁
昭和20年(1945)9月 A級戦犯容疑で逮捕指令
昭和21年(1946)3月 巣鴨拘置所入
昭和23年(1948)12月23日 71歳で巣鴨法務死(絞首)

回复 2010-04-20 11:30巩金瓯
91 松木直亮
(1876.11.5-1940.5.22)
官位 陸軍大将正三位勲一等功三級
陸士10期 陸大19期 
出身地 山口県
明治9年11月5日生 
父 松木一郎の長男
明治30年(1897)5月 陸軍中央幼年学校卒業
明治30年(1897)9月 陸軍士官学校入校
明治31年(1898)11月25日 陸軍士官学校卒業(10期)
明治32年(1899)6月27日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第1連隊附
明治34年(1901)11月 陸軍歩兵中尉昇進
明治35年(1902)8月9日 陸軍大学校入校
明治37年(1904)2月9日 陸軍大学校中退
明治37年(1904)3月 歩兵第1連隊中隊長
明治37年(1904)4月 出征(戦傷、~明治37年8月)
明治37年(1904)5月 陸軍歩兵大尉昇進
明治39年(1906)3月20日 陸軍大学校復校
明治40年(1907)11月30日 陸軍大学校卒業(19期) 
明治40年(1907)12月 参謀本部部員兼軍事参議官副官
明治42年(1909)10月 陸軍歩兵少佐昇進
明治43年(1910)6月24日 駐独国大使館附武官補佐官(~明治44年10月5日)
明治44年(1911)10月5日 独国駐在
大正2年(1913)7月 歩兵第13連隊附
大正3年(1914)11月11日 歩兵第13連隊附(熊本俘虜収容所長、~大正4年6月9日)
大正4年(1915)8月 陸軍歩兵中佐昇進 陸軍歩兵学校教官
大正5年(1916)4月 陸軍省軍務局課員
大正6年(1917)5月18日 陸軍大学校教官
大正7年(1918)7月24日 陸軍歩兵大佐昇進 歩兵第78連隊長
大正8年(1919)1月15日 陸軍省高級副官
大正12年(1923)8月6日 陸軍少将昇進 台湾第1守備隊司令官
大正14年(1925)5月1日 陸軍兵器本廠附(作戦資材整備会議幹事長)
大正15年(1926)10月1日 陸軍省整備局長
昭和2年(1927)12月16日 陸軍中将昇進
昭和4年(1929)8月1日 第14師団長
昭和5年(1930)1月16日 正四位
昭和8年(1933)2月1日 従三位
昭和8年(1933)8月1日 参謀本部附
昭和8年(1933)12月20日 陸軍大将昇進 待命
昭和9年(1934)1月20日 予備役編入
昭和9年(1934)2月7日 勲一等瑞宝章
昭和9年(1934)2月20日 正三位
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章 功三級金鵄勲章
昭和12年(1937)2月 軍法会議判士(~昭和12年9月)
昭和15年(1940)5月22日 65歳で死去

回复 2010-04-20 11:35巩金瓯
92 川島義之
(1878.5.25-1945.9.8)
官位 陸軍大将正三位勲一等功四級
陸士10期 陸大20期恩賜 
出身地 愛媛県
明治11年5月25日生 
父 川島右一の長男
明治29年(1896)12月 士官候補生
明治30年(1897)9月 陸軍士官学校入校
明治31年(1898)11月25日 陸軍士官学校卒業(10期)
明治32年(1899)6月27日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第22連隊附
明治34年(1901)11月 陸軍歩兵中尉昇進
明治36年(1903)8月3日 陸軍大学校入校
明治37年(1904)2月9日 陸軍大学校中退
明治37年(1904)4月 歩兵第12連隊補充大隊副官
明治37年(1904)6月 後備歩兵第11旅団副官
明治37年(1904)8月 陸軍歩兵大尉昇進
明治37年(1904)8月 出征(~明治37年11月 戦傷)
明治38年(1905)7月 留守第1師団副官
明治39年(1906)3月20日 陸軍大学校復校
明治41年(1908)11月30日 陸軍大学校卒業(20期恩賜)教育総監部課員
明治43年(1910)1月 陸軍歩兵少佐昇進
明治43年(1910)11月 独国駐在  
大正2年(1913)4月16日 駐独国大使館附陸軍武官補佐官
大正3年(1914)3月 教育総監部課員
大正4年(1915)11月 陸軍歩兵中佐昇進 歩兵第65連隊附
大正6年(1917)1月27日 陸軍大学校教官
大正7年(1918)7月24日 陸軍歩兵大佐昇進 歩兵第7連隊長
大正8年(1919)7月25日 参謀本部外国戦史課長
大正9年(1920)8月10日 教育総監部第二課長
大正10年(1921)6月3日 教育総監部第一課長
大正12年(1923)8月6日 陸軍少将昇進 陸軍兵器本廠附(作戦資材整備会議幹事長)
大正14年(1925)8月1日 近衛歩兵第1旅団長
大正15年(1926)3月2日 陸軍省人事局長
昭和2年(1927)12月16日 陸軍中将昇進
昭和4年(1929)8月1日 第19師団長
昭和5年(1930)1月16日 正四位
昭和5年(1930)11月7日 第3師団長
昭和7年(1932)1月9日 教育総監部本部長
昭和7年(1932)5月26日 朝鮮軍司令官
昭和8年(1933)2月1日 従三位
昭和9年(1934)2月7日 勲一等瑞宝章
昭和9年(1934)3月5日 陸軍大将昇進
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和9年(1934)8月1日 軍事参議官
昭和10年(1935)9月5日 陸軍大臣
昭和10年(1935)9月16日 正三位
昭和11年(1936)3月9日 待命
昭和11年(1936)3月10日 予備役編入
昭和20年(1945)9月8日 68歳で死去

回复 2010-04-20 11:38巩金瓯
93 林仙之
(1877.1.5-1944.5.31)
官位 陸軍大将正三位勲一等功五級
陸士9期 陸大20期
出身地 熊本県  
明治10年1月5日生 
父 林兼八の次男
明治26年(1893)9月 陸軍幼年学校入校
明治29年(1896)5月 陸軍中央幼年学校卒業
明治29年(1896)9月 陸軍士官学校入校
明治30年(1897)11月29日 陸軍士官学校卒業(9期)
明治31年(1898)6月27日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第13連隊附
明治33年(1900)11月 陸軍歩兵中尉昇進
明治33年(1900)12月 歩兵第13連隊副官
明治36年(1903)8月3日 陸軍大学校入校
明治37年(1904)2月9日 陸軍大学校中退
明治37年(1904)5月 歩兵第13連隊補充大隊中隊長
明治37年(1904)6月 陸軍歩兵大尉昇進
明治37年(1904)9月 歩兵第13連隊中隊長
明治38年(1905)1月 後備第1師団管理部副官
明治38年(1905)7月 後備第1師団副官
明治39年(1906)3月20日 陸軍大学校復校
明治39年(1906)4月1日 功五級金鵄勲章
明治41年(1908)11月30日 陸軍大学校卒業(20期)歩兵第13連隊中隊長
明治41年(1908)12月 参謀本部員
明治43年(1910)9月 陸軍歩兵少佐昇進
明治44年(1911)11月 陸軍大学校教官
大正5年(1916)1月 陸軍歩兵中佐昇進  
大正5年(1916)11月15日 歩兵第41連隊附
大正7年(1918)7月24日 山口連隊区司令官
大正7年(1918)8月19日 陸軍歩兵大佐昇進
大正8年(1919)7月25日 歩兵第3連隊長
大正10年(1921)4月20日 陸軍歩兵学校教育部長
大正12年(1923)8月6日 陸軍少将昇進
大正13年(1924)8月20日 歩兵第30旅団長
大正15年(1926)3月2日 朝鮮軍参謀長
昭和2年(1927)8月26日 陸軍士官学校校長
昭和2年(1927)12月16日 陸軍中将昇進
昭和4年(1929)8月1日 教育総監部本部長
昭和6年(1931)8月1日 第1師団長
昭和6年(1931)9月1日 正四位
昭和8年(1933)3月18日 東京警備司令官
昭和9年(1934)3月5日 陸軍大将昇進 待命 従三位
昭和9年(1934)3月16日 予備役編入
昭和9年(1934)4月20日 正三位
昭和9年(1934)4月5日 勲一等瑞宝章
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和12年(1937)2月17日 陸軍高等軍法会議判士(~昭和12年4月20日)
昭和19年(1944)5月31日 68歳で死去

回复 2010-04-20 11:41巩金瓯
94 西義一
(1878.1.1-1941.4.15)
官位 陸軍大将正三位勲一等功二級
陸士10期 陸大21期 
出身地 福島県
明治11年1月1日生 
父 西忠義の長男
明治29年(1896)12月 士官候補生
明治30年(1897)9月 陸軍士官学校入校
明治31年(1898)11月25日 陸軍士官学校卒業(10期)
明治32年(1899)6月27日 陸軍砲兵少尉任官 野砲第8連隊附
明治34年(1901)11月 陸軍砲兵中尉昇進 野砲第7連隊附
明治35年(1902)12月 砲工学校高等科卒業
明治36年(1903)10月 陸軍士官学校生徒隊附
明治37年(1904)9月 第7師団弾薬大隊附
明治37年(1904)11月 陸軍砲兵大尉昇進
明治38年(1905)1月 第2師団後備野砲兵中隊長
明治38年(1905)4月 出征(~明治38年10月)
明治39年(1906)11月22日 陸軍大学校入校
明治42年(1909)12月3日 陸軍大学校卒業(21期)野砲射撃学校教官
明治43年(1910)11月 陸軍砲兵少佐昇進 野砲第11連隊附
明治44年(1911)1月 野砲第11連隊大隊長
明治44年(1911)11月22日 東宮武官
大正元年(1912)8月5日 兼侍従武官(~大正元年10月3日)
大正元年(1912)11月27日 侍従武官
大正5年(1916)1月21日 野砲第1連隊附
大正5年(1916)5月 陸軍砲兵中佐昇進
大正7年(1918)7月25日 陸軍野戦砲兵学校教育部長
大正8年(1919)7月25日 陸軍砲兵大佐昇進
大正8年(1919)12月27日 侍従武官
大正12年(1923)8月6日 陸軍少将昇進
昭和2年(1927)7月26日 野戦重砲兵第3旅団長
昭和3年(1928)8月10日 陸軍中将昇進 陸軍技術本部総務部長
昭和5年(1930)8月1日 陸軍野戦砲兵学校校長
昭和6年(1931)8月1日 第8師団長
昭和6年(1931)9月1日 正四位
昭和7年(1932)10月15日 勲一等瑞宝章
昭和9年(1934)3月5日 東京警備司令官
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章 功二級金鵄勲章
昭和9年(1934)9月15日 従三位
昭和9年(1934)11月28日 陸軍大将昇進
昭和10年(1935)8月1日 兼東部防衛司令官
昭和10年(1935)12月2日 軍事参議官
昭和11年(1936)3月5日 教育総監
昭和11年(1936)8月1日 予備役編入
昭和11年(1936)8月20日 正三位
昭和16年(1941)4月15日 64歳で死去

回复 2010-04-20 11:45巩金瓯
95 植田謙吉
(1875.3.8-1962.9.11)
官位 陸軍大将正三位勲一等功三級
陸士10期 陸大21期 
出身地 大阪府
明治8年3月8日生 
父 陸軍二等軍吏植田謙八の次男
明治29年(1896)12月 士官候補生
明治30年(1897)9月 陸軍士官学校入校
明治31年(1898)11月25日 陸軍士官学校卒業(10期)
明治32年(1899)6月27日 陸軍騎兵少尉任官 騎兵第12連隊附
明治34年(1901)11月 陸軍騎兵中尉昇進
明治36年(1903)6月 陸軍士官学校生徒隊附
明治37年(1904)4月 騎兵監部員
明治37年(1904)8月 陸軍騎兵大尉昇進
明治39年(1906)11月22日 陸軍大学校入校
明治42年(1909)12月3日 陸軍大学校卒業(21期)第18師団参謀
明治44年(1911)4月 陸軍騎兵少佐昇進 騎兵第9連隊附
大正元年(1912)8月 第16師団参謀
大正2年(1913)7月 陸軍省軍務局課員
大正5年(1916)5月 陸軍騎兵中佐昇進 参謀本部附(欧州出張)
大正6年(1917)8月 騎兵監部員  
大正7年(1918)12月27日 浦塩派遣軍参謀
大正8年(1919)7月25日 陸軍騎兵大佐昇進 浦塩派遣軍司令部附
大正8年(1919)10月14日 浦塩派遣軍参謀(作戦課長)
大正11年(1922)11月6日 教育総監部附
大正12年(1923)3月17日 騎兵第1連隊長
大正12年(1923)8月6日 陸軍少将昇進 陸軍航空部附
大正13年(1924)2月4日 騎兵第3旅団長
大正14年(1925)5月1日 軍馬補充部附
大正15年(1926)3月2日 軍馬補充部本部長
昭和3年(1928)8月10日 陸軍中将昇進
昭和4年(1929)3月16日 支那駐屯軍司令官
昭和5年(1930)12月22日 第9師団長
昭和6年(1931)1月16日 正四位
昭和6年(1931)9月8日 勲一等瑞宝章
昭和7年(1932)4月29日 重傷
昭和7年(1932)9月1日 参謀本部附
昭和8年(1933)6月19日 参謀次長
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章 功三級金鵄勲章
昭和9年(1934)8月1日 朝鮮軍司令官
昭和9年(1934)9月1日 従三位
昭和9年(1934)11月28日 陸軍大将昇進
昭和10年(1935)12月2日 軍事参議官
昭和11年(1936)3月6日 関東軍司令官
昭和11年(1936)3月28日 兼駐満洲国大使
昭和12年(1937)9月15日 正三位
昭和14年(1939)9月7日 参謀本部附
昭和14年(1939)11月15日 待命
昭和14年(1939)12月1日 予備役編入
昭和30年(1955)6月 戦友団体連合会会長
昭和31年(1956)11月22日 日本郷友連盟会長(~昭和32年5月22日)
昭和37年(1962)9月11日 88歳で死去

回复 2010-04-20 13:22巩金瓯
96 寺内寿一
(1879.8.8-1946.6.12)
官位 元帥陸軍大将従二位勲一等功一級伯爵
陸士11期 陸大21期
出身地 山口県
明治12年8月8日生 
父 元帥陸軍大将寺内正毅の長男
明治31年(1898)12月 陸軍士官学校入校
明治32年(1899)11月21日 陸軍士官学校卒業(11期)
明治33年(1900)6月22日 陸軍歩兵少尉任官 近衛歩兵第2連隊附
明治35年(1902)11月 陸軍歩兵中尉昇進
明治37年(1904)3月 出征(~明治38年11月)
明治37年(1904)9月 陸軍歩兵大尉昇進
明治38年(1905)2月 近衛歩兵第1旅団副官
明治39年(1906)11月22日 陸軍大学校入校
明治42年(1909)12月3日 陸軍大学校卒業(21期)
明治42年(1909)12月 近衛師団参謀
明治44年(1911)10月 陸軍歩兵少佐昇進 参謀本部員
明治44年(1911)12月 駐墺太利大使館附武官補佐官
大正2年(`1913)2月 独国駐在(~大正3年12月)
大正3年(1914)8月 参謀本部附
大正3年(1914)12月 帰朝
大正4年(1915)3月 参謀本部員
大正5年(1916)11月 陸軍歩兵中佐昇進 歩兵第2連隊附
大正7年(1918)4月 参謀本部員
大正8年(1919)7月25日 陸軍歩兵大佐昇進 近衛歩兵第3連隊長
大正8年(1919)12月 伯爵襲爵
大正11年(1922)1月10日 近衛師団参謀長
大正13年(1924)2月4日 陸軍少将昇進 歩兵第19旅団長
大正15年(1926)2月15日 正四位
大正15年(1926)3月2日 第1師団司令部附
昭和2年(1927)8月26日 朝鮮軍参謀長
昭和4年(1929)8月1日 陸軍中将昇進 独立守備隊司令官
昭和5年(1930)8月1日 第5師団長
昭和5年(1930)9月1日 従三位
昭和7年(1932)1月9日 第4師団長
昭和9年(1934)4月29日 勲一等瑞宝章
昭和9年(1934)8月1日 台湾軍司令官
昭和10年(1935)10月1日 正三位
昭和10年(1935)10月30日 陸軍大将昇進
昭和10年(1935)12月2日 軍事参議官
昭和11年(1936)3月9日 陸軍大臣
昭和11年(1936)5月13日 兼議定官
昭和12年(1937)2月2日 軍事参議官
昭和12年(1937)2月9日 兼教育総監
昭和12年(1937)8月26日 北支那方面軍司令官
昭和13年(1938)8月13日 勲一等旭日大綬章
昭和13年(1938)12月9日 軍事参議官
昭和15年(1940)10月15日 従二位
昭和16年(1941)11月6日 南方軍総司令官
昭和17年(1942)3月21日 功一級金鵄勲章
昭和18年(1943)6月21日 元帥府元帥陸軍大将
昭和20年(1945)9月12日 星加坡で降伏文書調印
昭和21年(1946)6月12日 68歳馬来亜で拘留中病死

回复 2010-04-20 13:25巩金瓯
97 岸本綾夫
(1879.6.27-1946.11.28)
官位 陸軍大将従三位勲一等功五級
陸士11期 東大造兵卒
出身地 岡山県  
明治12年6月27日生 
父 小学校長岸本美時の長男
明治28年(1895)9月 陸軍幼年学校入校
明治31年(1898)12月 陸軍士官学校入校
明治32年(1899)11月21日 陸軍士官学校卒業(11期)
明治33年(1900)6月22日 陸軍砲兵少尉任官 由良要塞砲兵連隊附
明治33年(1900)7月 要塞砲兵射撃学校附
明治35年(1902)11月 陸軍砲兵中尉昇進
明治36年(1903)12月 陸軍砲工学校卒業
明治37年(1904)5月 野砲兵第2連隊副官
明治37年(1904)7月 出征
明治38年(1905)2月 徒歩砲兵第2連隊中隊長
明治38年(1905)4月 陸軍砲兵大尉昇進
明治38年(1905)6月 凱旋 要塞砲兵監部附
明治39年(1906)4月1日 功五級金鵄勲章
明治39年(1906)8月 東京帝国大学工学部造兵学科入
明治42年(1909)7月 同卒 大阪砲兵工廠員
明治43年(1910)2月 欧州留学
大正2年(1913)1月 陸軍砲兵少佐昇進
大正2年(1913)8月 帰朝 陸軍砲工学校教官
大正3年(1914)11月 陸軍省副官
大正5年(1916)2月 陸軍兵器本廠附(軍事調査部)
大正6年(1917)5月 陸軍砲兵中佐昇進
大正8年(1919)1月 陸軍省軍務局課員
大正9年(1920)2月16日 陸軍省軍務局砲兵課長
大正9年(1920)8月10日 陸軍砲兵大佐昇進
大正11年(1922)2月8日 野戦重砲兵第4連隊長
大正13年(1924)12月15日 陸軍少将昇進 陸軍科学研究所第二課長
大正14年(1925)5月1日 陸軍科学研究所第三部長
昭和3年(1928)8月10日 陸軍省兵器局長
昭和5年(1930)8月1日 陸軍中将昇進 陸軍科学研究所附(欧州出張)
昭和6年(1931)8月1日 陸軍造兵廠長官
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和9年(1934)8月1日 陸軍技術本部長
昭和10年(1935)2月1日 正四位
昭和11年(1936)8月1日 陸軍大将昇進 待命
昭和11年(1936)8月28日 予備役編入
昭和11年(1936)9月26日 従三位
昭和17年(1942)8月 東京市長
昭和19年(1944)11月 満洲製鉄理事長
昭和21年(1946)11月28日 67歳で死去

回复 2010-04-20 13:31巩金瓯
98 杉山元
(1880.1.1–1945.9.12)
官位 元帥陸軍大将従二位勲一等功一級
陸士12期 陸大22期
出身地 福岡県
明治13年1月1日生 
父 小倉藩士杉山直
明治31年(1898)12月 士官候補生
明治32年(1899)12月 陸軍士官学校入校
明治33年(1900)11月21日 陸軍士官学校卒業(12期)
明治34年(1901)6月25日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第14連隊附
明治36年(1903)11月 陸軍歩兵中尉昇進
明治37年(1904)2月 日露戦争出征(~明治38年6月)
明治38年(1905)4月 歩兵第14連隊中隊長
明治38年(1905)6月 陸軍歩兵大尉昇進
明治39年(1906)8月 歩兵第14連隊大隊副官
明治40年(1907)12月10日 陸軍大学校入校
明治43年(1910)11月29日 陸軍大学校卒業(22期)
明治43年(1910)12月 参謀本部員
明治45年(1912)2月 比律賓出張(~明治45年3月)
大正元年(1912)10月28日 星加坡駐在
大正2年(1913)7月7日 帰朝
大正2年(1913)8月 陸軍歩兵少佐昇進 歩兵第14連隊附
大正3年(1914)8月 歩兵第14連隊大隊長
大正4年(1915)2月15日 印度駐箚武官
大正6年(1917)8月 陸軍歩兵中佐昇進
大正7年(1918)10月3日 陸軍技術審査部附
大正7年(1918)12月1日 航空第2大隊長
大正9年(1920)7月16日 参謀本部附仰付(国連空軍代表随員)
大正10年(1921)6月28日 陸軍歩兵大佐昇進
大正11年(1922)4月1日 陸軍省軍務局航空課長
大正12年(1923)8月6日 陸軍省軍務局軍事課長
大正14年(1925)5月1日 陸軍少将昇進 航空本部補給部長
大正15年(1926)12月1日 陸軍航空本部附(国連派遣)
昭和2年(1927)2月15日 国際連盟陸軍兼空軍代表
昭和3年(1928)3月 参謀本部附
昭和3年(1928)4月20日 陸軍兵器本廠附
昭和3年(1928)8月10日 陸軍省軍務局長
昭和5年(1930)6月16日 陸軍次官心得
昭和5年(1930)8月1日 陸軍中将昇進 陸軍次官
昭和7年(1932)2月29日 第12師団長
昭和7年(1932)6月15日 正四位
昭和8年(1933)3月18日 航空本部長
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和9年(1934)8月1日 参謀次長兼陸軍大学校校長
昭和11年(1936)3月23日 参謀本部附
昭和11年(1936)8月1日 教育総監兼軍事参議官
昭和11年(1936)9月15日 従三位
昭和11年(1936)11月2日 陸軍大将昇進
昭和11年(1936)12月1日 兼議定官
昭和12年(1937)2月9日 陸軍大臣
昭和13年(1938)6月3日 軍事参議官
昭和13年(1938)12月19日 北支那方面軍司令官
昭和14年(1939)8月31日 兼駐蒙軍司令官
昭和14年(1939)9月12日 軍事参議官
昭和14年(1939)10月2日 正三位
昭和15年(1940)10月3日 参謀総長
昭和17年(1942)4月13日 功一級金鵄勲章
昭和18年(1943)6月21日 元帥府元帥陸軍大将
昭和18年(1943)7月15日 従二位
昭和19年(1944)2月21日 辞職
昭和19年(1944)7月18日 教育総監
昭和19年(1944)7月22日 陸軍大臣
昭和20年(1945)4月6日 第1総軍司令官
昭和20年(1945)9月12日 66歳で自決

回复 2010-04-20 13:36巩金瓯
99 畑俊六
(1879.7.26-1962.5.10)
官位 元帥陸軍大将従二位勲一等功一級
陸士12期 陸大22期首席
出身地 福島県  
明治12年7月26日生 
父 会津藩士畑能賢の次男
明治29年(1896)9月 陸軍幼年学校入校
明治31年(1898)11月 同校卒業 陸軍士官学校入校
明治33年(1900)11月21日 陸軍士官学校卒業(12期)
明治34年(1901)6月25日 陸軍砲兵少尉任官 野砲兵第1連隊附
明治36年(1903)11月 陸軍砲兵中尉昇進
明治37年(1904)4月 出征
明治37年(1904)10月 戦傷
明治38年(1905)4月 野砲兵第1連隊補充大隊中隊長
明治38年(1905)6月 陸軍砲兵大尉昇進
明治39年(1906)12月 陸軍砲工学校高等科卒業
明治40年(1907)12月10日 陸軍大学校入校
明治43年(1910)11月29日 陸軍大学校卒業(22期首席)
明治43年(1910)12月 参謀本部員
明治45年(1912)3月 駐独国大使館附武官補佐官
大正3年(1914)4月 陸軍砲兵少佐昇進
大正3年(1914)8月 参謀本部附(瑞典駐在)
大正5年(1916)5月 参謀本部員
大正7年(1918)7月 陸軍砲兵中佐昇進
大正7年(1918)8月 兼軍令部参謀
大正7年(1918)12月 欧州出張(講和会議全権随員)
大正8年(1919)4月 陸軍大学校教官 
大正8年(19919)12月25日 参謀本部作戦班長
大正10年(1921)7月20日 陸軍砲兵大佐昇進 野砲兵第16連隊長
大正11年(1922)8月15日 陸軍野戦砲兵学校教導連隊長
大正12年(1923)8月6日 参謀本部作戦課長兼軍令部参謀
大正15年(1926)3月2日 陸軍少将昇進 野戦重砲兵第4旅団長
昭和2年(1927)7月26日 参謀本部第四部長
昭和3年(1928)8月10日 参謀本部第一部長
昭和6年(1931)8月1日 陸軍中将昇進 砲兵監
昭和8年(1933)8月1日 第14師団長
昭和8年(1933)9月1日 正四位
昭和9年(1934)4月29日 勲一等旭日大綬章
昭和10年(1935)12月2日 陸軍航空本部長
昭和11年(1936)8月1日 台湾軍司令官
昭和11年(1936)10月1日 従三位
昭和12年(1937)8月2日 軍事参議官
昭和12年(1937)8月26日 兼教育総監
昭和12年(1937)11月1日 陸軍大将昇進
昭和13年(1938)2月14日 中支那派遣軍司令官
昭和13年(1938)12月15日 軍事参議官
昭和14年(1939)5月25日 侍従武官長
昭和14年(1939)8月30日 陸軍大臣
昭和14年(1939)9月1日 正三位
昭和15年(1940)7月22日 軍事参議官
昭和16年(1941)3月1日 支那派遣軍総司令官
昭和17年(1942)3月21日 功一級金鵄勲章
昭和19年(1944)6月2日 元帥府元帥陸軍大将
昭和19年(1944)6月15日 従二位
昭和19年(1944)11月23日 教育総監
昭和20年(1945)4月6日 第2総軍司令官
昭和20年(1945)11月 予備役編入
昭和20年(1945)12月2日 A級戦犯逮捕命令
昭和23年(1948)11月12日 終身刑宣告
昭和29年(1954)10月 仮釈放
昭和33年(1958)7月21日 偕行社会長
昭和37年(1962)5月10日 84歳で死去

回复 2010-04-20 13:40巩金瓯
100 小磯國昭
(1880.4.1-1950.11.3)
官位 陸軍大将従二位勲一等功二級
陸士12期 陸大22期
出身地 山形県
明治13年4月1日生 
父 小磯進の長男
明治31年(1898)12月 士官候補生
明治32年(1899)12月 陸軍士官学校入校
明治33年(1900)11月21日 陸軍士官学校卒業(12期)
明治34年(1901)6月25日 陸軍歩兵少尉任官 歩兵第30連隊附
明治36年(1903)11月 陸軍歩兵中尉昇進
明治37年(1904)3月 出征(~明治38年12月)
明治38年(1905)6月 陸軍歩兵大尉昇進
明治39年(1906)3月 歩兵第30連隊中隊長
明治40年(1907)12月10日 陸軍大学校入校
明治43年(1910)11月29日 陸軍大学校卒業(22期)
明治43年(1910)12月 陸軍士官学校教官
明治45年(1912)9月 関東都督府参謀
大正3年(1914)8月 陸軍歩兵少佐昇進 歩兵第2連隊大隊長
大正4年(1915)6月 参謀本部員
大正4年(1915)8月 内蒙派遣(~大正6年1月)
大正7年(1918)7月 陸軍歩兵中佐昇進
大正7年(1918)8月 第12師団参謀
大正8年(1919)4月15日 参謀本部兵站班長
大正10年(1921)7月20日 航空本部部員(欧州出張)
大正11年(1922)2月8日 陸軍歩兵大佐昇進
大正11年(1922)6月 欧州出張(~大正12年3月)
大正12年(1923)3月17日 陸軍大学校教官
大正12年(1923)8月6日 歩兵第51連隊長
大正14年(1925)5月1日 参謀本部編制動員課長
大正15年(1926)12月1日 陸軍少将昇進 陸軍大学校教官
昭和2年(1927)7月26日 航空本部総務部長
昭和4年(1929)8月1日 陸軍整備局長
昭和5年(1930)8月1日 陸軍軍務局長
昭和6年(1931)8月1日 陸軍中将昇進
昭和7年(1932)2月29日 陸軍次官
昭和7年(1932)8月8日 関東軍参謀長兼特務部長
昭和9年(1934)3月5日 第5師団長
昭和9年(1934)3月15日 正四位
昭和9年(1934)4月5日 勲一等瑞宝章
昭和9年(1934)4月29日 功二級金鵄勲章
昭和10年(1935)12月2日 朝鮮軍司令官
昭和12年(1937)4月1日 従三位
昭和12年(1937)11月1日 陸軍大将昇進
昭和13年(1938)7月15日 待命
昭和13年(1938)7月29日 予備役編入
昭和13年(1938)8月24日 正三位
昭和14年(1939)4月7日 拓務大臣
昭和14年(1939)8月30日 辞職
昭和15年(1940)1月16日 拓務大臣
昭和15年(1940)7月22日 辞職
昭和16年(1941)7月 満洲移住者協会理事長
昭和17年(1942)5月29日 朝鮮総督
昭和19年(1944)7月22日 内閣総理大臣
昭和20年(1945)4月7日 辞職
昭和20年(1945)12月2日 A級戦犯逮捕命令
昭和23年(1948)11月12日 終身刑宣告
昭和25年(1950)11月3日 71歳で巣鴨収容所死去

作者:不详 来源:网络
相关评论
发表我的评论
  • 大名:
  • 内容:
  • 军事历史网(seo.laikejia.com) © 2018 版权所有 All Rights Reserved.
  • 站长QQ:313943775后台入口 沪ICP备16004626号